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トップ > 商品紹介 > 掛軸・額装

松本 楓湖画「武者主従之図」

価格 3万円

 本体61,7x122,5㎝ 全体78,5x193,5㎝ 絹本 牙嵌(太軸) 経年変化による汚れあり 軸尻端にイタミあるが飾るに支障なし箱なし 楓湖は天保11年(1840) ~ 大正12年(1923)の人で明治から大正時代に活躍した日本画家。

畑仙齢画「天保九如図」    共箱

価格 10万円

本体51,0x144,0㎝ 全体65,0x207,0㎝ 絹本 牙嵌 共箱 蓋表に「天保九如図」とあり、蓋裏に「大正庚申冬日 仙齢自題 朱印」とあるので、大正9年(1920)の作品と分る。 慶応元年京都生、鈴木百年に師事、特に山水、人物を能くす。明治天皇の御前揮毫の榮を蒙ること数回に及ぶ。昭和4年64歳没。天保九如とは「詩経」におさめられる天保の中で、山の如し,川の如し日の升るが如し等と天子の位を九つの「如」で例えたもの 吉祥の画題として用いられる。

 


 

洋画家 五味悌四郎画「雨の呉服屋(楠戸合名会社)」 (2) 本物保証

価格 

五味悌四郎画「雨の呉服屋(楠戸合名会社)」 (1)の続で写真を追加しました。

洋画家 五味悌四郎画「雨の呉服屋(楠戸合名会社)」 (1) 本物保証

価格 20万円

本体22,0x27,5㎝ 額の大きさ36,5x41,7㎝ 前面ガラス 雨が降るなか古い町の蔵造りの呉服屋(はしまや)の佇まいを描いています。古びた電燈,左側から書かれた看板に店の歴史を感じます。この絵は倉敷市にある明治2年創業の呉服店「はしまや」の店先を描いたものです。「はしまや」の屋号を持つ楠戸家住宅は平成8年国の登録文化財となり、同14年には店舗部等が倉敷市指定文化財になっています。悌四郎は1918年東京に生まれ、1964年渡欧,パリのグランショミエ―ルに学び、サロンボザ―ル,ルサロン展で銀賞受賞。1968年一水会優賞。2004年86歳没。美術家名鑑の評価額300万円。静物画の巨匠として日本洋画史に燦然と輝く五味氏ですが、当初は人物を、日展には風景画を主に出品しており、風景を描く時は現場主義を貫いたそうです。本作品は依頼を受けて楠戸家へ赴き、描こうとした日が生憎雨の日になってしまったので、お向いの家の軒下を借りて描いたものの様な気がします。洋画が描く雨の景色は雪の様ですね。五味氏は花の絵を沢山残していますが風景画は数が少なく加えて雨の景などは無いように思います。絵画コレクター氏が所有していた作品です。

李朝民画「虎と松,鵲図」   李朝時代

価格 12万円

本体47,5x84,0㎝ 全体56,3x90,5㎝ 額(前面アクリル)の大きさ65,5x96,0㎝ 紙に墨絵を基調とし虎と松,鵲が描かれている。 山神の使いとされる虎の絵は李朝民画の最も代表的なものであり、鵲と虎を一緒に描いた鵲虎図は数が多い。本品は虎が大きく描かれ尻尾が松の木に届いている。虎の顔は白,緑,赤,黄色で色付けされている。経年変化による退色,折れ,裂けがあり、大きく裂けているところにはセロテープで補修されている。時代はある程度遡るのではないかと思う。

 

李朝の古絵図 (3)  咸鏡道  李朝時代

価格 6万円

本体(黒枠内)38,5x47,5㎝ 全体44,3x58,8㎝ 額(前面ガラス)の大きさ47,7x62,7㎝ 経年変化による折れ,退色,裂け(セロテープ補修)あり。赤丸で示されているのが都市(?)で25あるが2つには名がない。海と川は青色、山には橙色が塗ってある。咸鏡道は朝鮮王朝(李氏朝鮮)が朝鮮半島に置いた8道の内のひとつであり、 因みに他には京畿道、忠清道、全羅道、江原道、平安道、黄海道、慶尚道が置かれた。本絵図は退色の具合等から見て時代はかなり遡りそうに思える。黒の枠線内に墨書があり、図中には「白頭山」の名もある。

李朝の古絵図 (2)  忠清道  李朝時代

価格 6万円

本体(黒枠内)35,5x42,5㎝ 全体は裏側を開けられないので想像してください。 額(前面ガラスの右下隅少し割れ)の大きさ51,2x66,2㎝ 経年変化による折れ,退色,裂けあり。赤丸で示されているのが都市(?)で47あり、海と川は青色、山には橙色が塗ってある。 忠清道は朝鮮王朝(李氏朝鮮)が朝鮮半島に置いた8道の内のひとつであり、 因みに他には京畿道、慶尚道、全羅道、江原道、平安道、黄海道、咸鏡道が置かれた。本絵図は退色の具合等から見て時代はかなり遡りそうに思える。

李朝の古絵図 (1)  慶尚道  李朝時代

価格 6万円

本体(黒枠内)37,3x45,2㎝ 全体42,2x59,5㎝ 額(前面ガラス)の大きさ47,0x64,5㎝ 経年変化による折れ,退色,裂けあり。赤丸で示されているのが都市(?)で73あり、海と川は青色、山には橙色が塗ってある。慶尚道は朝鮮王朝(李氏朝鮮)が朝鮮半島に置いた8道の内のひとつであり、 因みに他には京畿道、忠清道、全羅道、江原道、平安道、黄海道、咸鏡道が置かれた。本絵図は退色の具合等から見て時代はかなり遡りそうに思える。

諸星成章画「富士之図」 双福

価格 2万円

本体41,5x114,0㎝ 全体54,3x194,0㎝ 絹本 牙嵌  軸頭裏に墨書で「諸星成章筆」「諸星成章筆 富士之図」とある。経年変化による折れ染みあり。双福桐箱入り。成章は日本画家で明治3年(1870)千葉県生。本名は盛章。川端玉章に師事し円山派を学ぶ。渡辺崋山・椿椿山の画風を慕い南画を修める。日本美術協会、日本画会などで受賞を重ね、セントルイス万国博覧会で銅賞を受賞。川端画学校教授。日本美術協会・文墨協会委員。昭和18年(1943)存、歿年不詳。

竹内栖鳳画「雪中鶯図」   共箱

価格 7万円

本体41,5x46,5㎝  全体55,0x141,0㎝  絹本 磁器軸 染みあり 共箱としたが箱の蓋は栖鳳の記した物であるが 蓋裏の横木と下箱は別物 恐らく壊してしまい蓋に合わせて下箱を作ったものか 蓋表には「雪中鶯図」 蓋裏には「栖鳳 題 朱印(栖と鳳が分かれている印)」がある 画中の印は「高幹」印  曇空と雪山の稜線を画し 手前の雪山に鶯が1羽餌を探しているのだろうか 鶯の歩いた痕の白い雫の様なものは鶯の汗なのか 栖鳳は元治元年(1864)生まれで昭和17年(1942) 没 近代日本画の先駆者で画歴は半世紀に及び 京都画壇の大家で優秀な門下生を多数育成し第1回文化勲章受章者でもある 最初は棲鳳のち栖鳳,高幹,霞中庵主などと号した 動物を描けばその匂いまで描くといわれた達人であったという 本画は高幹印が押してあるので晩年のものなのか。

李朝民画花鳥図 (9)   屏風剥がし

価格 15,000円

屏風から切り取った「花鳥図」の1枚であり額装で楽しんでください 本紙の大きさは概ね32,0×85,0㎝ですが ひと廻り大きく切り取ってあります また廻りの布も多少残してありますのでご入り用でしたら連絡してください 李朝民画は紙本が多く絹本は珍しいと思います 裕福な家の持ち物だったのでしょう 色彩豊かに描かれた花鳥図でしかも全て夫婦和合を象徴して雄雌一対(番い)で描かれています 若夫婦の寝室もしくは婦人の部屋にでも置かれた物と考えられます 国花であるムクゲの木に止まるカササギと雉子の番い 鹿や鴛鴦も番いで描かれています 太湖石,菊,薔薇,梅の古木等も色彩豊かに描かれています 9枚残っていますが 経年変化によるシミ、汚れなど1枚1枚違いがありますので写真で確認してください。
 

李朝民画花鳥図 (8)   屏風剥がし

価格 15,000円

屏風から切り取った「花鳥図」の1枚であり額装で楽しんでください 本紙の大きさは概ね32,0×85,0㎝ですが ひと廻り大きく切り取ってあります また廻りの布も多少残してありますのでご入り用でしたら連絡してください 李朝民画は紙本が多く絹本は珍しいと思います 裕福な家の持ち物だったのでしょう 色彩豊かに描かれた花鳥図でしかも全て夫婦和合を象徴して雄雌一対(番い)で描かれています 若夫婦の寝室もしくは婦人の部屋にでも置かれた物と考えられます 国花であるムクゲの木に止まるカササギと雉子の番い 鹿や鴛鴦も番いで描かれています 太湖石,菊,薔薇,梅の古木等も色彩豊かに描かれています 9枚残っていますが 経年変化によるシミ、汚れなど1枚1枚違いがありますので写真で確認してください。
 

李朝民画花鳥図 (7)   屏風剥がし

価格 15,000円

屏風から切り取った「花鳥図」の1枚であり額装で楽しんでください 本紙の大きさは概ね32,0×85,0㎝ですが ひと廻り大きく切り取ってあります また廻りの布も多少残してありますのでご入り用でしたら連絡してください 李朝民画は紙本が多く絹本は珍しいと思います 裕福な家の持ち物だったのでしょう 色彩豊かに描かれた花鳥図でしかも全て夫婦和合を象徴して雄雌一対(番い)で描かれています 若夫婦の寝室もしくは婦人の部屋にでも置かれた物と考えられます 国花であるムクゲの木に止まるカササギと雉子の番い 鹿や鴛鴦も番いで描かれています 太湖石,菊,薔薇,梅の古木等も色彩豊かに描かれています 9枚残っていますが 経年変化によるシミ、汚れなど1枚1枚違いがありますので写真で確認してください。
 

李朝民画花鳥図 (6)   屏風剥がし

価格 15,000円

屏風から切り取った「花鳥図」の1枚であり額装で楽しんでください 本紙の大きさは概ね32,0×85,0㎝ですが ひと廻り大きく切り取ってあります また廻りの布も多少残してありますのでご入り用でしたら連絡してください 李朝民画は紙本が多く絹本は珍しいと思います 裕福な家の持ち物だったのでしょう 色彩豊かに描かれた花鳥図でしかも全て夫婦和合を象徴して雄雌一対(番い)で描かれています 若夫婦の寝室もしくは婦人の部屋にでも置かれた物と考えられます 国花であるムクゲの木に止まるカササギと雉子の番い 鹿や鴛鴦も番いで描かれています 太湖石,菊,薔薇,梅の古木等も色彩豊かに描かれています 9枚残っていますが 経年変化によるシミ、汚れなど1枚1枚違いがありますので写真で確認してください。
 

李朝民画花鳥図 (5)   屏風剥がし

価格 15,000円

屏風から切り取った「花鳥図」の1枚であり額装で楽しんでください 本紙の大きさは概ね32,0×85,0㎝ですが ひと廻り大きく切り取ってあります また廻りの布も多少残してありますのでご入り用でしたら連絡してください 李朝民画は紙本が多く絹本は珍しいと思います 裕福な家の持ち物だったのでしょう 色彩豊かに描かれた花鳥図でしかも全て夫婦和合を象徴して雄雌一対(番い)で描かれています 若夫婦の寝室もしくは婦人の部屋にでも置かれた物と考えられます 国花であるムクゲの木に止まるカササギと雉子の番い 鹿や鴛鴦も番いで描かれています 太湖石,菊,薔薇,梅の古木等も色彩豊かに描かれています 9枚残っていますが 経年変化によるシミ、汚れなど1枚1枚違いがありますので写真で確認してください。
 

李朝民画花鳥図 (4)   屏風剥がし

価格 15,000円

屏風から切り取った「花鳥図」の1枚であり額装で楽しんでください 本紙の大きさは概ね32,0×85,0㎝ですが ひと廻り大きく切り取ってあります また廻りの布も多少残してありますのでご入り用でしたら連絡してください 李朝民画は紙本が多く絹本は珍しいと思います 裕福な家の持ち物だったのでしょう 色彩豊かに描かれた花鳥図でしかも全て夫婦和合を象徴して雄雌一対(番い)で描かれています 若夫婦の寝室もしくは婦人の部屋にでも置かれた物と考えられます 国花であるムクゲの木に止まるカササギと雉子の番い 鹿や鴛鴦も番いで描かれています 太湖石,菊,薔薇,梅の古木等も色彩豊かに描かれています 9枚残っていますが 経年変化によるシミ、汚れなど1枚1枚違いがありますので写真で確認してください。
 

李朝民画花鳥図 (3)   屏風剥がし

価格 1万円

屏風から切り取った「花鳥図」の1枚であり額装で楽しんでください 本紙の大きさは概ね32,0×85,0㎝ですが ひと廻り大きく切り取ってあります また廻りの布も多少残してありますのでご入り用でしたら連絡してください 李朝民画は紙本が多く絹本は珍しいと思います 裕福な家の持ち物だったのでしょう 色彩豊かに描かれた花鳥図でしかも全て夫婦和合を象徴して雄雌一対(番い)で描かれています 若夫婦の寝室もしくは婦人の部屋にでも置かれた物と考えられます 国花であるムクゲの木に止まるカササギと雉子の番い 鹿や鴛鴦も番いで描かれています 太湖石,菊,薔薇,梅の古木等も色彩豊かに描かれています 9枚残っていますが 経年変化によるシミ、汚れなど1枚1枚違いがありますので写真で確認してください。
 

李朝民画花鳥図 (2)   屏風剥がし

価格 15,000円

屏風から切り取った「花鳥図」の1枚であり額装で楽しんでください 本紙の大きさは概ね32,0×85,0㎝ですが ひと廻り大きく切り取ってあります また廻りの布も多少残してありますのでご入り用でしたら連絡してください 李朝民画は紙本が多く絹本は珍しいと思います 裕福な家の持ち物だったのでしょう 色彩豊かに描かれた花鳥図でしかも全て夫婦和合を象徴して雄雌一対(番い)で描かれています 若夫婦の寝室もしくは婦人の部屋にでも置かれた物と考えられます 国花であるムクゲの木に止まるカササギと雉子の番い 鹿や鴛鴦も番いで描かれています 太湖石,菊,薔薇,梅の古木等も色彩豊かに描かれています 9枚残っていますが 経年変化によるシミ、汚れなど1枚1枚違いがありますので写真で確認してください。
 

李朝民画花鳥図 (1)   屏風剥がし

価格 35,000円

屏風から切り取った「花鳥図」の1枚であり額装で楽しんでください 本紙の大きさは概ね32,0×85,0㎝ですが ひと廻り大きく切り取ってあります また廻りの布も多少残してありますのでご入り用でしたら連絡してください 李朝民画は紙本が多く絹本は珍しいと思います 裕福な家の持ち物だったのでしょう 色彩豊かに描かれた花鳥図でしかも全て夫婦和合を象徴して雄雌一対(番い)で描かれています 若夫婦の寝室もしくは婦人の部屋にでも置かれた物と考えられます 国花であるムクゲの木に止まるカササギと雉子の番い 鹿や鴛鴦も番いで描かれています 太湖石,菊,薔薇,梅の古木等も色彩豊かに描かれています 9枚残っていますが 経年変化によるシミ、汚れなど1枚1枚違いがありますので写真で確認してください。
 

中島春鴎画「秋の通天橋」  共箱

価格 1万円

本体28,3x131,0㎝   全体41,3x198,5㎝ 共箱で古箱蓋表に「秋の通天橋」蓋裏に「春鴎自題 角朱印」 絹本 牙嵌 経年変化による折れ染みあり 春鴎は明治20年(1887)生まれで小寺雲洞に師事 文展,帝展に多数入選,京都で活動していたが 戦後名古屋に戻り中京画壇の代表の一人であった。

磯田長秋「花魁と絵師之図」  絹本 鹿角

価格 3万円

本体38,5x42,0㎝   全体52,5x125,0㎝ 絹本 鹿角 経年変化による染みイタミあり 箱の中に収納されている花魁の画を描いていたら 何時の間にか花魁が箱から抜け出し目の前に立っているので 驚いている絵師の姿を描いたもの 以前に花魁を眼前にして驚いている彫師の画を扱ったことがある 人気の構図なのだろうか 古箱付き。

北沢楽天「達磨大師之図」 讃白(百)鳳

価格 1万円

本体33,5x133,5㎝   全体46,0x205,0㎝ 紙本 鹿角 経年変化による汚れ折れイタミあり 白(百)鳳は不詳 讃は読み切れないが「おきあかる底力 築け一億大東亜圏」とあるので大東亜戦争時の作品であろう 楽天は漫画家で埼玉県旧大宮市生 洋画を大野幸彦に 漫画をオーストラリア人ナンケベルに学ぶ 福沢諭吉に招かれて時事新報社で漫画を執筆 のち自ら「東京パック」「楽天パック」を創刊し風俗・政治風刺漫画家の草分け的存在となる 昭和30年(1955)80歳で没し旧宅 跡に漫画会館が建設されている。

「立雛人形と宝箱図」 絹本 唐木軸

価格 5000円

本体36,5x98,5㎝   全体495x190,0㎝ 絹本 鹿角 再表装したのか綺麗である 箱無。

土佐左近将監光起「琴笙楽曲之図」 絹本 紫壇軸

価格 4万円

本体48,2x129,5㎝   全体64,5x202,0㎝ 絹本 紫壇軸 経年変化による折れなどのイタミあり 古桐箱蓋表に「洛中洛外図」 蓋裏に「土佐絵 素封家横内氏蔵之内七号 スワ美術社長 岩波正夫 朱印」 と墨書があるが 絵は男女が琴を男が笙を吹いている楽曲図であり 全体に金粉が散りばめられている 光起は江戸前期の土佐派の画家で和泉堺生 中絶していた土佐家の絵所を再興 光長・光信と併せて土佐三筆と称され元禄4年(1691)75歳で没。

森一鳳「高雄秋色」     絹本 牙太軸

価格 7万円

本体49,0x110,0㎝   全体63,8x213,0㎝ 絹本 牙太軸 経年変化による汚れ折れ多少のイタミあり 古箱に「森一鳳筆 高尾秋景」の貼り紙あり 画中に「高雄秋色 一鳳写」とある  一鳳は幕末の円山派の画家で大坂生 森徹山に師事しのち養子となり森派を継ぎ大坂画壇で活躍 山水・人物・花鳥を得意とし肥後熊本藩主細川家に仕えた 明治4年(1871)74歳で没。

版画家清水遠流の作品   1980年

価格 5万円

本体53,5x72,0㎝ 額の大きさ56,7x75,0㎝ 厚さ2,2㎝ 前面ガラス 裏側に1980年とあり昭和55年の作品であることが分かる 昭和13年(19389 富山県生まれ 作品は「日本人の心情」「自然と人間生活の関わり」をモチーフにしたものが多い 本品も夏の農家の生活のひとこまを切り取ったような懐かしさと不思議さを併せ持った作品である。     
  

萬木梧堂「寒林晩帰之図」

価格 8,000円

本体26,5x115,0㎝  全体38,0x191,0㎝ 絹本 唐木軸 秋の夕暮れ捕らえた野兎を棒に縛り家路を急ぐ農夫の姿を描いている 棒が撓る程重い野兎 今晩は久しぶりの御馳走だ 梧堂については詳らかでないが長崎県出身の南画家で画中に「丁卯」とあるので昭和2年(1927)の作品であることが知れる 軸頭裏に「梧堂先生 寒林晩帰」の貼り紙あり 80年以上も経っているのに保存状態は良い。

洋画家今西中通のデッサン画 (2)

価格 3万円

18,0x27,8㎝ 戦う男性の様々なポーズが青で描かれ少し色が付いてており 左隅に朱角の中に「中通」の印が押してあるが印のあるものは珍しい 貧困と病気(結核)に苦しみ放浪の末に消えていこうとした時 中通が学んだ独立美術研究所時代の先輩林武が 美術雑誌「求美」(昭和46年1月)に幻の画家と題して今西中通思い出の記事を掲載して以来 日本画壇にて注目されるようになる 明治41年10月30日生まれ 川端画学校などで学び昭和10年5回独立美術協会展で受賞 翌年会友 20年福岡にうつり絵画研究所を設立 22年会員となり同年6月10日40歳で没 高知県出身の洋画家で評価額600万円。
 

作者不詳「団扇美人」

価格 8,000円

本体26,2x112,0㎝ 全体36,2x174,0㎝ 絹本 牙嵌 用心箱(イタミ) 新緑の楓の下に団扇を持って佇む女性に色気を感じる。

作者不詳「障子越之美人図」

価格 15000円

本体36,0x119,0㎝ 全体48,5x201,0㎝ 絹本 牙嵌 風帯片側無 少し酒を飲みすぎたのか障子を開けて外の空気で涼んでいる姿に色気を感じる 経年変化による汚れ染みあり 用心箱。

作者不詳 「住吉社秋の供祭式之図」

価格 2万円

本体37,5x89,0㎝ 全体49,3x169,0㎝ 絹本 牙嵌 月夜の中で神官10人と社人2人が 大きなつずらの中から書物の様なものを取り出し 順送りに手渡し神主に捧げている図 画中の落款印章から「岷山」と読んだが如何なものであろうか 若し岷山とすると江戸後期の画家で安芸広島藩士の岡岷山か 画を勝田幽渓や宋紫石に学び文化3年(1806)73歳没 古画のため経年変化による汚れ裏側にイタミあり 古箱付き。

今西中通デッサン画

価格 3万円

18,0x27,5㎝ 女性の姿や顔,手などが描かれており 左隅に朱角の中に「中通」の印が押してあるが印のあるものは珍しい 貧困と病気(結核)に苦しみ放浪の末に消えていこうとした時 中通が学んだ独立美術研究所時代の先輩林武画伯が 美術雑誌「求美」(昭和46年1月)に幻の画家と題して今西中通思い出の記事を掲載して以来 日本画壇に注目されるようになる 明治41年10月30日生まれ 川端画学校などで学び昭和10年5回独立美術協会展で受賞 翌年会友 20年福岡にうつり絵画研究所を設立 22年会員となり同年6月10日40歳で没 高知県出身の洋画家で評価額600万円。

宋紫石「花鳥之画」   双福の2

価格 2本で35万円

本体42,5x132,0㎝  全体53,0x189,0㎝ 絹本 牙角 古箱(時代箱)入り 箱蓋表に「宋紫石花鳥之画」 蓋裏に「丁卯、、、、紫雲鑑」の墨書あり 宗紫石は江戸中・後期の画家で江戸生 姓は楠本 字は君赫,雪渓,霞亭 長崎で熊代熊斐や清人宋紫岩に沈南蘋の画法を学び 江戸に帰り宋紫石と名乗り沈南蘋派の豊富な色彩による花鳥画を広め 天明6年(1786)75歳没 評価額350万円  本品は経年変化による汚れ折れ染みが少々あるも見事な筆致で描かれている 印は「霞亭紫石」。

宋紫石「花鳥之画」   双福の1

価格 2本で35万円

本体42,5x132,0㎝  全体53,0x189,0㎝ 絹本 牙角 古箱(時代箱)入り 箱蓋表に「宋紫石花鳥之画」 蓋裏に「丁卯、、、、紫雲鑑」の墨書あり 宗紫石は江戸中・後期の画家で江戸生 姓は楠本 字は君赫,雪渓,霞亭 長崎で熊代熊斐や清人宋紫岩に沈南蘋の画法を学び 江戸に帰り宋紫石と名乗り沈南蘋派の豊富な色彩による花鳥画を広め 天明6年(1786)75歳没 評価額350万円  本品は経年変化による汚れ折れ染みが少々あるも見事な筆致で描かれている 印は「霞亭紫石」。

伊藤渓水画「巖上の鵜」

価格 7万円

本体37,5x124,5㎝ 全体50,0x201,5㎝ 絹本 鹿角 共箱 愛媛県宇和島生まれの日本画家 平井直水や山元春挙に師事し 帝展及び文展で活躍し 昭和42年(1967)88歳で没 箱蓋表に自筆で「巖上の鵜」 蓋裏に「渓水題 朱印」とある 箱も画も保存状態良好。

山元春挙画「扇面金彩の馬」

価格 5万円

本体53,0x17,5㎝  全体67,5x128,5㎝ 紙本 漆軸 経年変化による折れあり 日本画家で滋賀県生 初め野村文挙に学び のち森寛斎の門人となり円山派の伝統を学び風景画や山岳画に秀で 竹内栖鳳と共に京都画壇の重鎮として活躍 早苗会画塾を主宰 京都絵専教授 帝国美術院会員 帝室技芸員 昭和8年(1933)63歳で没 桐箱の蓋表に「金彩の馬」 蓋裏に「帝室技芸員 山元春擧」の墨書あり。

山岡画,章彦賛「鶏頭之図」

価格 1万円

本体36,0x124,5㎝ 全体49,0x215,0㎝ 絹本 牙嵌め 経年変化による汚れ折れあり 軸頭一部破れ 同裏に「山岡草花」の墨書あり 作者は伝山岡鉄舟の子息というが不詳 賛は「正四位男爵章彦書」とある。

磯田長秋「能面」

価格 3万円

本体42,0x34,0㎝ 全体55,0x130,0㎝ 絹本 牙軸 用心桐箱 長秋は明治13年(1880)東京生まれ、小堀鞆音に師事、同31年安田靫彦らと紅児会を結成、歴史画,人物画を能くし昭和22年67歳没。

洋画家春陽会川上尉平「細魚之図」  額装

価格 1万円

本体49,5x18,5㎝ 額の大きさ64,0x36,0㎝ 大正6年生まれ 昭和14年上京,し16年独立美術協会展に初入選 戦後春陽会展に出品,28年同会会員となる 風景画,静物画を能くする 昭和54年62歳で没 熊本県出身。

洋画家春陽会川上尉平「百合之図」  額装

価格 1万円

本体48,0x17,5㎝ 額の大きさ71,0x44,0㎝ 大正6年生まれ 昭和14年上京,し16年独立美術協会展に初入選 戦後春陽会展に出品,28年同会会員となる 風景画,静物画を能くする 昭和54年62歳で没 熊本県出身。

北沢楽天「瓢箪鯰図之図」  額入

価格 6万円

本体24,0x27,0㎝ 額の大きさ42,0x45,5㎝ 厚4,5㎝で前面はガラス 瓢箪鯰とは瓢箪で鯰を押えるということで とりとめのないこと或いは要領を得ないことの意 本画がいつ描かれたのか分からないが時事漫画家の楽天のことだから 当時の世相を皮肉って描いたのではないかと思う  楽天は埼玉県大宮の人で福沢諭吉に見出され時事漫画で全国に知られた 昭和30年79歳没 旧宅の跡地に大宮市は業績を顕彰するため漫画会館を建て資料を保存している。

野州益子城内窯不動摺仏画

価格 5万円

本体12,0x25,0㎝ 全体22,5x123,0㎝ 明治時代 右手に剣を持ち 左手に羂索を執り 左目を反眼に閉じ 背後に燃え盛る火焔を黒一色で摺りあげ あとから長方形の朱印(上窯 益子城内 大守護)を押している 益子城内とは何のことか定かでないが 「陶芸メッセ益子」の近くに城内坂という地名があり また「城内自治公民館」もあるので この辺りに「益子城内」と呼ばれた場所があり窯不動が存在していたのだろう 益子では江戸時代後期に窯場が作られ 明治の終わりには焼き物製造家が50余軒あったという 日本を代表する版画家棟方志功氏は益子と縁があったし 棟方氏に影響され版画家として活躍した笹島喜平氏は益子の出身である 両氏が本品に影響を受けていたとしたら面白いことである。 

 

 

吉田登穀「菖蒲」

価格 12,000円

本体33,0x132,0㎝ 全体45,0x199,5㎝ 紙本 鹿角 共箱で蓋表に「菖蒲」 蓋裏に「登穀自題  朱印」 明治16年(1883)生まれ。松林桂月に師事 大正9年帝展で「あじさい」が初入選 昭和21年日展で「春深し」が特選, 28年「浄地」で玉堂賞 花鳥画を得意とし昭和37年78歳で没 千葉県出身。

北沢楽天「木菟之図」

価格 8,000円

本体32,5x130,5㎝ 全体46,0x202,0㎝ 紙本 鹿角 折れ 軸尻イタミ 用心箱 画中に「身閑夢亦安 楽天 楽天漫画の印」あり 楽天は埼玉県大宮の人で福沢諭吉に見出され時事漫画で全国に知られた 旧宅の跡地に大宮市は業績を顕彰するため漫画会館を建て資料を保存している。

吉村鳳柳「伊豆倉三番叟之図」

価格 8万円

本体48,0x57,0㎝ 全体72,0x153,0㎝ 絹本 牙軸(太軸) 共箱 二重箱(外箱漆塗り) 共箱蓋表に「伊豆倉三番叟 絹本横幅」 蓋裏に「五拾幅ノ内  鳳柳題 朱印」とあり蓋をタトウ紙で覆う 経年変化による染み折れあり 鳳柳は日本画家で明治7年(1874)大阪生 名は久吉 森二鳳に師事し動物画を能くした 円山派の重鎮として活躍 昭和11年(1936)までは生存が確認されているが歿年未詳。

北沢楽天「児童遊戯図」

価格 15万円

本体42,0x30,0㎝ 全体54,5x117,0㎝ 紙本 牙嵌 共箱 蓋表には「児童遊戯図」 蓋裏には「楽天自題 朱印」 6人の子供達が「とうりゃんせ」の歌を歌いながら遊んでいる姿を描いたもので 楽天の画題としては珍しい 又歌詞を書いているが楽天が字をこんなに沢山書いているのも珍しい 更に一般に歌われているものと少し歌詞が違うようだ 楽天は埼玉県大宮の人で福沢諭吉に見出され 時事漫画で全国に知られた 旧宅の跡地に大宮市は業績を顕彰するため漫画会館を建て資料を保存している。

北沢楽天「日清戦争之図」

価格 50万円

本体47,0x131,0㎝ 全体60,0x213,5㎝ 絹本 磁器軸 牙山大激戦の様子を描いたものでしょうか 山の上へ敗走する清国兵と追う日本兵 日本兵は18人黒い軍服に銃剣を持ち軍隊と分かるが 清国兵8人は服装もまちまちで民兵の様に見え 銃も旧式に見える 日本圧勝の様子を描いたもので 風刺漫画家の楽天もこの手の絵を描かなくてはならない時代だったのでしょう。

十八作家合作之図

価格 85万円


本体67,0x131,0㎝ 全体81,0x209,0㎝ 絹本 牙軸 杉箱入り タトウ入り 表装が素晴らしい 経年変化による汚れ,小穴10ヶ所程あるが気にならない  谷文晁の師である加藤文麗を中心に 文晁と文晁の弟子や指導をうけた渡辺崋山 酒井抱一 同鶯浦 鈴木其一 谷文一 大西椿年 了軌雲室 春木南湖 岡本秋暉 紹真(北尾政美)などの画家12人と 文晁の酒友である亀田鵬斎をはじめ市河米庵 菊地五山 大竹蒋塘 橘守部 不明一人の6人の書家による合作である 生年歿年を調べると18人が一堂に会して製作したとは考えられないが 谷文晁を中心とする当時の関係を知るうえで貴重な作品である。

竹美画賛「青緑山水之図」     共箱

価格 10万円

本体50,5x145,0㎝ 全体65,0x214,0㎝ 絹本 唐木軸 共箱 箱蓋裏に「大正辛酉耶馬渓に遊び、、、中津城泊、、、壬戌、、」とあり 大正10年(1921)大分県耶馬渓で遊びその際の下絵をもとに 翌11年仕上げたものであることが分かる 綺麗に残っており後日再表装したのではないかと思う。竹美の画歴は分らないが 絵はなかなかのもので「白楽」の印が画中にある。

富取風堂「徳魚」

価格 9万円

本体42,0X34,5㎝ 全体55,5x131,0㎝ 絹本 牙軸 太巻き 共箱 笹のはの上に鯛2尾と海老が描かれている 風堂は明治25年東京で生まれ 松本風湖に師事し大正3年赤曜会に参加 4年院展初入選 13年日本美術院同人となる のち評議員,監事 昭和41年院展で文部大臣賞を受賞 58年90歳で没 評価額200万円

 

狩野勝川画「富士見西行之図」

価格 6万円

本体35,0x47,0㎝ 全体58,0x121,0㎝ 絹本木軸 江戸時代 古箱 江戸木挽町狩野家最後の人、名は雅信、門人に狩野芳崖や橋本雅邦がいる。明治13年(1880)58歳没。評価額250万

山下竹斎「夏渓遊鹿」

価格 6万円

本体36,0x127,0㎝ 全体49,5x211,0㎝ 絹本 鹿角 経年変化による汚れあり 共箱 二重箱(外箱は漆塗りで)前面に東京美術院の貼り紙があり「山下竹斎先生 夏景」とある 明治18年(1885)京都生まれで師は山元春挙 円山派を学び文展特選,無鑑査,帝展委員 師ゆずりの風景画を得意とした 昭和48年89歳没。

三井萬里画「銀鞍白馬」

価格 9万円

本体55,5x57,0㎝ 全体72,5x155,0㎝ 絹本 牙軸 共箱(古箱) 蓋表に「銀鞍白馬」裏に「壬午歳新春 萬里自題 朱印」とあるので、昭和17年の作品と考えられ、時代的に見て明治18年栃木県生まれで、小堀鞆音門下の三井萬里ではないかと思う。日高節会の絵ではないか。
 

田能村竹田「蚊遺火之図」

価格 6万円

本体27,0x112,0㎝ 全体40,0x181,0㎝ 紙本 黒漆軸 養子の田能村直入題識箱 竹田は江戸後期の文人画家で豊後生 名は孝憲 風流人で文雅を好み高才多能 詩歌・文章・書画・茶香に通じ 画は谷文晁に学び明・清画を研究して独自の画境を築く また交友も多く浦上玉堂,上田秋成,頼山陽,岡田半江と親しく 弟子に帆足杏雨・田能村直入らがいる 天保6年(1835)59歳没 評価額4500万円 

磯田長秋「日高節会画幅」

価格 2万円

本体31,0x123,0㎝ 全体44,5x175,0㎝ 絹本 牙軸 折れあり 古箱蓋には「白馬銀鞍」の墨書あり 長秋は明治13年(1880)東京生まれ、小堀鞆音に師事、同31年安田靫彦らと紅児会を結成、歴史画,人物画を能くし昭和22年67歳没。
 

(不倒)鹿子木孟郎画「美人と猿」

価格 8万円

本体42,0×115,0㎝ 絹本 牙嵌 箱付 不倒を名乗る画家は鹿子木孟郎以外知らない 鹿子木は洋画家では珍しく不倒を号している(美術家名鑑) いずれにしても変わった絵柄である ビラビラ簪といい紫地の縮緬の着物といい お大尽にしか身につけられない物を着した美人と猿の組合わせが妙である 鹿子木孟郎は洋画家で岡山生 名は健一 号は不倒 小山正太郎の不同舎に入り のち渡欧 パリでジャン=ポール=ローランスの薫陶をうけた 浅井忠らと関西美術院を創立する 昭和16年(1941)67歳で歿 昭和9年頃から余技として日本画を描いたという さすれば本作品は晩年の作品であり専門外の作品として貴重な資料ではないのか 因みに洋画家としての評価額は1,200万円。

 

秋田藩主佐竹義和画「風雨雪」三幅

価格 30万円

義和は九代藩主で中興の名君といわれ.詩歌や書画(狩野派を学ぶ)に造詣が深く数多くの作品を残している。知足斎、日新斎、突故亭,荷風亭等と号す。安永4年(1775)~文化12年(1815)。122×52(本体)が3幅、紙本木軸, 古箱に「御筆」とあり、殿様からの賜わりものと言う。日新斎は水戸光圀も号しているが、秋田の御大尽の蔵から出たもので、明治時代秋田の新聞にも取り上げられているので、光圀ではなく義和とした。

有井祥雲画「着色花鳥図」

価格 5万円

本体36,0×114,0㎝ 全体49,0x196,0㎝ 絹本 牙軸 共箱(蓋表には萩、裏には祥雲題とある) 明治18年(1885)兵庫県生れ、名は綱治。京都美術工藝学校出身。竹内栖鳳に師事し四條派を修得する。箱底に .「大正7年(1918)作」「京都市下鴨仲ノ町 有井祥雲」の紙が貼りつけてある。

染色家手嶋有男「月夜の兎」

価格 1万円

本体21,5x14,5㎝ 額の大きさ42,0x35,0㎝ 前面ガラス 裏板に「型絵染 月夜の兎 昭和54年 手嶋有男作 朱印」と本人のサインと押印がある。埼玉県出身、芸大美術学部卒、芸大工学科の教授を勇退後、作家活動を展開、ろうけつ染などの著書多い。出品のカテゴリーが分からずここに出品しました。お許しあれ。
 

信天翁月岡雪鼎画(2)「楊貴妃」

価格 30万円

本体41,0x102,0㎝ 全体53,0x181,0㎝ 絹本牙軸 本体に折れあり 表装部に折れ,染み,穴,破れあり 古表装のままか 雪鼎は江戸中・後期の画家 近江日野の人 姓は木田氏 名は昌信 別号に信天翁 月岡山人等 同郷の高田敬甫に師事狩野派を学び のち大坂に移り西川祐信の影響で風俗画家となる 明和(1764~72)の頃から肉筆美人画を多数制作し一家を成す 天明6年(1786)77歳没 評価額300万円

信天翁月岡雪鼎画(1)「小野小町」

価格 50万円

本体41,0x102,0㎝ 全体53,0x181,0㎝ 絹本牙軸 本体に折れあり 表装部に折れ,染み,穴,破れあり 古表装のままか 本作品は赤,青,緑,白,黒など七色を巧みに使用し平安美人を描いている 雪鼎は江戸中・後期の画家 近江日野の人 姓は木田氏 名は昌信 別号に信天翁 月岡山人等 同郷の高田敬甫に師事狩野派を学び のち大坂に移り西川祐信の影響で風俗画家となる 明和(1764~72)の頃から肉筆美人画を多数制作し一家を成す 天明6年(1786)77歳没 評価額300万円

梥本一洋画「狗」  共箱 二重箱

価格 10万円

京都出身 明治26年(1899)~昭和53年(1952) 師は山元春挙 川村曼舟 明治35年上京 初め洋画のち日本画に転向 大正2年文展初入選 のち帝展連続入選する 画題の「狗」は子犬の意 本体36×55㎝ 絹本磁器軸、共箱 二重箱  評価額250万円の人

中村正義画「女房弾箏」     共箱

価格 10万円

本体57,0x40,7㎝ 絹本 牙軸 共箱(昭和乙巳仲秋 正義自題) 1965年(昭和40年)の作品 蓋表に「女房弾箏」とある 正義は異色の日本画作家。愛知県生で中村岳陵に師事 はじめ日展で活躍 白寿賞 朝倉賞などを受賞するが のち無所属となり現美展 日本国際美術展や個展に作品を発表する一方 演劇や映画など多方面で活躍するなど画壇の変革を目指して多彩な活動を展開 異端の天才と呼ばれた。昭和52年52歳没 評価額1300万円。

バーナード・リーチ画「彩色鶴之絵」額入り

価格 25万円

額の大きさ42,0x42,0㎝ 前面ガラス 作品は16,0x16,0㎝のデッサン画で 画下に1967(年の意) サインあり 裏に親しかった浜田庄司の次男、晋作氏の鑑定あり。リーチは英国の陶芸家であり、画家,デザイナーとしても知られている。度々訪日し白樺派や日本民芸館の設立にあたり、柳宗悦に協力した。浜田はリーチに誘われ1920年渡英、同24年帰国し栃木県益子に移住、リーチも益子を訪れ二人で作陶した場所が益子参考館として保存されている。

結城素明「薔薇之図」   肉筆保証  

価格 7万円

本体32,5x98,0㎝ 全体45,0x185,0㎝ 絹本 鹿角(片側割れ) 桐箱 折れ 東京生。東美校卒 川端玉章に師事 自然主義を旨とする无声会を平福百穂らと結成 また芸術の自由と個性を主張して、松岡映丘・吉川霊華らと金鈴社を興す 大日美術院を創立 東美校教授 帝展審査員・芸術院会員 早くから日本画に洋画の手法を導入した 昭和32年(1957)81歳没 評価額450万円 

中村不折画讃「菊慈童之図」

価格 15万円

本体33×127㎝ 全体48×213 紙本骨軸 共箱  題材の菊慈童は、中国周時代の「ぼく王」の侍童の名。南陽郡の「れき県」に流されたが、その地で菊の露を飲んで不老不死になったという伝説の主。これに河南省内郷県を流れる鞠水川の崖上にある菊の露がこの川に滴り落ちてその水きわめて甘く、これを飲めば長命するという伝説が重なったもの。不折は昭和25年71歳没。評価額は洋画700万,日本画350万、書120万。
 

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